バレンタイン・リアル デート
「お疲れ様でした。では、私はこれで」
終業のチャイムと同時に、カバンと大きな紙袋を抱えた本田は、そそくさと会社を出ていこうとしていた。
それを目ざとく見つけたギルベルトは、大声で呼びかける。
「もう帰っちまうのか?」
「えぇ。本日の業務はきっちり終わらせていますよ」
「そうじゃねぇよ」
視線は、本田が大事に抱える紙袋にチラチラと向いている。
「あー、その、だな。お前、いつの間にそんなにチョコをもらったんだ?」
あからさまに眉間にシワを寄せた本田だが、ギルベルトがそれに気づくわけもなく、
「なぁなぁ、少しくらいおすそ分けしてくれてもよくねぇ?」と絡んでいる。
「兄さん、本田の持っている紙袋は、チョコではないぞ」
助け舟を出したのは、隣の席にいたルートヴィッヒだった。
「なーに言ってるんだよ、ルッツ。どう見たってチョコだろ?」
「いや、外見だけであれば何の変哲もない紙袋だ。しかも我が社の」
「じゃあ、なんだってんだよ。この時期にこんな荷物で」
「開発中のVRゴーグルです」
曖昧にしたままでは撒けないと判断したのか、諦めたように本田が口を開いた。
まだ眉間にシワは寄ったままだが――。
「VRゴーグル??」
「本田が企画して、俺が開発の指揮をとっている新製品だ。昨日、ちょうどモックが上がってきたんだ」
「それで、本日はちょっとこれをお借りして、自分で体験してみようかと思っていまして。社長に無理を言って持ち出させていただくんです」
「ふぅん?お前、帰ってからも仕事するのかよ」
「今日だけですよ」
「でもオンオフの切り替えは社会人にとって重要――」
「今日じゃないと意味がないんですよ……!!」
くわっと目を見開いて拳を握りしめる本田に気圧されるように、ギルベルトは「お、おう……」とだけ返すのが精一杯だった。
「もう帰っても良いですか?」
「あ、あぁ、引き止めて、その、悪かった」
半分泣きそうなギルベルトと、困ったように眉を寄せたルートヴィッヒに見送られ、本田は意気揚々と帰っていくのだった。
「なぁ、ルッツ。あのVRスコープって、普通のVRスコープと何が違うんだ?」
「うん?基本的には、特定のゲームだけではなく、どのゲームでもその世界に入り込めるように、グラフィックの自動補完となめらかな動作、逆にゲームをハックしたりしないような工夫が――」
「あー、ごめん。販促チラシできてから詳細聞くわ」
*****
「さぁさぁ、かなり待たせてしまいましたね!」
一人暮らしの本田は、うっきうきでパソコンとVRスコープをつなぐ。
何度でも言おう。
彼は一人暮らしだ。
ついでにいうと、ビデオ電話する彼女もいない。
立ち上げたのは現在ドハマリしているオンラインRPGで、今日までバレンタインイベントだった。
「ふふふ、この日を楽しみにしていましたよ。本当に、間に合ってよかった!!さぁいざ、嫁とバレンタイン・リアル デートへ!!」
それから、VRゴーグルを装着した本田は、超えられなかった二次元の壁を超えて、嫁に会いに行くのだった。
~翌日~
「ふわぁ……」
「どうした、本田。寝不足か?」
「あぁ、ギルベルトさんですか。実は嫁が寝かせてくれなくて……」
「え、お前未婚だったよな?」
「えぇ、そうですよ。」
「だよ、な……?」
(あれ、事実婚……?)
<END>
<あとがき>
バレンタイン・リアル デート こと、VRデートな本田さんのお話でした。
歪みねぇ感じで、菊もギルも通常運転です。
あぁ、こんな夢のようなVRゴーグル開発してくれないかな……。